#外国人だった彼女
『植物、花に対して"ブサイクになった"とゴミ袋に捨てる
大事そうに見つめていたり水をあげていたりしていたのが。かわいいと言ったり手で撫でたりもしてたのが。
土に埋める、弔うというような日本っぽい習慣/価値観がないのかもしれないが
これは良くない信号なのかもしれないと感じた』
全く些細なこと、日常の断片だから、本人は覚えてないかもしれないけど。何も言わなかったし
これが当初感じてたこと、それの走り書きノート
彼女の本質、本性というより『習慣/価値観』的なものかをダブルチェックしたくて、geminiに今少し訊いていた。

"彼女にとって植物は、空間を彩る「機能」や「美」を提供する存在"
"枯れた植物をいつまでも置いておくことは、衛生面や運気(風水的・空間心理的)の観点から「不健全"
これは理解できる。衛生面も運気も分かる(彼女は運気とかたぶん全く気にしないが。というか衛生面もあまり)
だが、大きな違和感は"ただのオブジェクトとして, 観賞用として, "という割り切りというより、一つの、それこそ"愛情"が傍から見ていて窺えたんだ。

"あなた自身が「彼女にとっての価値(若さ、経済力、刺激など)」を失った時、同様にドライに「ブサイクになった」「もう価値がない」と判断される"
"彼女の共感能力は「生きている、かつ自分にメリットがあるもの」に限定されており、一線を越えたもの(死体、枯れたもの、自分に不利益なもの)には一切発動しない"
"トロフィー・リレーションシップ」的な価値観。対象を、自分の人生を彩るパーツとして収集している可能性"
この言及は、その彼女に部分的に見られた人となりと驚くように一致している。
"愛情"を持ったものを"ブサイクになった"と"捨てる"。
この形式論理を、なぜパートナーシップ関係においては彼女は適用しないと、なぜ考え至ることができる?私にはできなかった、私の推論には。だからこれを記録し、今改めて参照している。
特に自己愛性人格の偏りをずっと感じていたし分析していたけど。(こういうことを中立的に言ったりすると、往々にして拒絶反応を示されていた。違うなら否定する必要がないし、そうでありそれを肯定できるなら(私の方は非難をしているわけでもないのだから、というか(HSPなりに)気をつけた言い方をしているのだから)相手に責任転嫁までして事を毎度のように荒立てる面倒を起こす道理もないだろう。ではなぜか。彼女はそれが『明かしてはならない自身の単一脆弱点』だと無意識に計算していたのではないか、と思わざるを得なかった。)
私にはまだ、彼女が捨てられるに値したか(まさに"地雷"のような女であったのか)、それとも情愛に深い女の子だったのか、一方を断定することはできない。
ただ、このような不安が払拭されないのなら、(他にもある諸問題の解消等に関わらず、)復縁を望むことはないだろう。
フィギュア残っててよかった。
なんか他にも色々置いてあるけど(首枕とか)これは忘れたのか要らなかったのかプレゼントなのか
ちょっとだけさみしいけど。生きてたらそのうちなんかあるでしょ。
気軽すぎる邪魔はしてこないと思うけど、本当に辛いときがいづれもしあるときがあったら死のうとする前にでも頼ってきてほしいな、できれば。
これは私の個体最適化、合理解であり、同時に世界の歪み、不条理でもあるのでしょう。
これが全ての諸悪ではなくとも、原理の一つであろうことを認めます。だから、今をどうか赦してほしい。